書評・読書ログ:生きて帰ってきた男:小熊英二
生きて帰ってきた男 ある日本兵の戦争と戦後
小熊英二(著)、岩波書店
著者の父、小熊謙二が戦前・戦中・戦後の日本を体験した人生を通して、各時代のリアルな日本の生活が描かれている本です。そして、この本は、謙二のシベリア抑留者としての体験も含めて、これまでのその他の戦争体験記とは違った印象を受けます。
まずは、戦前の暮らしは自分が思い込んでいたものよりも、はるかに現代の生活に近いので驚きました。そして、想像以上にとてもオープンで自由な社会だったようです。私自身は、戦中や戦後まもなくの頃の生活はとても窮屈で厳しい暮らしだったために、戦前も同様であろうと思っていましたが、この本に描かれている戦前の社会は全く違っていました。自分の親の世代は確かに戦前生まれなのですが、戦前はまだ小さかったせいか、戦中の大変な暮らしぶりをよく聞かされてきたので、昔は今と随分と違って大変だったのだとずっと思っていました。しかし、実際はそうではなくて、自分の先入観というものに、これまで自分の考えが左右されていたなと思いました。
著者の父、謙二によると、戦前には知識人でもある教師が、「新聞は下から読む」という話をしていたようです。つまり、大見出しには都合の良いことが書かれていても、下の目立たないところに真実が報道されていたりするので、「新聞に読まれてはいけない。新聞の裏を読みなさい。」といっていたようです。この話を読むと戦前でも、ところによってはメディアの怖い一面を指摘するような自由主義的な気風があったのだと分かります。
そして、戦争がいかに人々の暮らしを変えていくのかについては、とても恐ろしく感じました。戦前の生活が全く想像されないくらいに、戦争がその生活を欠片も残らないくらいに木っ端微塵にしたのだろうと思います。
また、謙二が、シベリア抑留というとても過酷な体験をしたり、日本に帰国してからは結核にために数年間を療養所で過ごしたりした事があっても、自分の身を嘆くこともなく暮らしていけたのは、「どんな境遇になっても人間は常に希望を見出す」と思っていたからだそうです。そして、今の社会や世の中の動きに対しては、「自分の見たくないものを見たがらない人や、学ぼうともしない人が多すぎる」と指摘をしています。
最後に人生で最も大事なことは何かという質問には、「希望だ。それがあれば、人間は生きていける。」と謙二は答えています。
改めて、戦争を経験している人の精神力というか胆力というものをすごく感じる本です。